前立腺がんの前立腺全摘手術を受ける人の心配事は、手術後の合併症としてあらわれる尿失禁(尿漏れ)。
前立腺がんは尿道を締める尿道括約筋に近い場所にできることが多いために「尿道括約筋をまったく傷つけないで前立腺がんを切除することが非常に難しい手術」です。
そのため、前立腺がん摘出術の際には尿道括約筋が傷つけられて尿道を締めることができずに、尿失禁が起きてしまいます。
たとえ前立腺がんの手術後に尿失禁が起きたとしても、体験者の約95%は、術後1年以内に「紙おむつ・尿漏れパッド」無し、もしくは1日パッド1枚程度の使用で済むまでに改善されているのですが、前立腺がんの手術は3%~4%の人が尿失禁が残る手術です。尿失禁の症状がが長期間にわたって残ると、生活の質が著しく低下してしまいます。
尿失禁は様々な原因から発生し、対策も様々。
人工尿道括約筋の植え込み手術は、尿道括約筋に原因がある場合に限って適応となるのでご注意を。
ちなみに、人工括約筋埋込み手術は2012年4月から健康保険が適用されるようになっています。
この記事の目次
人工尿道括約筋(AMS-800)とは
尿道括約筋障害による重度の尿失禁に対する唯一の根治的治療です。
人工尿道括約筋は尿道の周りにシリコン製のチューブを巻き付けて、その中に液体を充填することで尿道を圧迫することで人工的に尿失禁を治療します。
人工尿道括約筋は3つのパーツに分かれております。①陰嚢内に設置して尿道括約筋を動かすスイッチとなる部分、②液体を貯留しておく部分、③尿道を圧迫する部分です。
会陰部と鼡径部(一般的には右側)に切開を加えてこの人工尿道括約筋を尿道のサイズに合わせてAMS-800の埋込み手術を行います。
人工括約筋の埋込術後は、ほとんどの症例で術後生活に支障のない程度の尿禁制が得られいて、満足度も良好な手術です。
1日に3~4枚以上尿取りパッドを使用する重症の患者さんでは、満足度が非常に高く「もっと早く手術を受ければよかった」という声も聞かれていますよ。
手術の実際
人工尿道括約筋は、尿道の周りにシリコン製のチューブを巻き付けその中に液体を充填することで尿道を圧迫し尿失禁を治療します。
この手術は全身麻酔下に行う必要があって、全身麻酔をかけることに問題がある場合には受けることができません。
全身麻酔の実際と危険性については担当の医師としっかり相談してください。
人工括約筋は3つのパーツに分かれています。
- コントロールポンプ : 陰嚢内に設置して尿道括約筋を動かすスイッチとなる部分
陰嚢内に設置してカフを開け閉め(スイッチ) - バルーン : 液体を貯留しておく部分
カフ圧を調整する液体を貯留 - カフ : 尿道を圧迫する部分
尿道を圧迫して尿漏れを防ぐ
で構成されています。
このうち、尿道の部分は尿道のサイズに合わせたサイズの部品を埋込みます。
①コントロールポンプのスイッチ部には少量の金属が使用されていますが、MRIの磁気でも反応しないことから、MRIの検査を受けることに支障はありません。飛行機に搭乗する前の金属探知機でさえも問題ありません。
使用方法
AMS-800の使い方はいたって簡単。
- 通常時は尿道に巻いた③カフが尿道括約筋の代わりに尿道を締めています
- 尿意を感じたらトイレに行き、陰嚢(いんのう)にある①コントロールポンプを押す
- ①カフ内にあった生理食塩水が②バルーンに流れ、尿道の締め付けがなくなって尿が出る
という簡単な仕組みです(イラスト参照)。数日あれば十分操作に慣れるでしょう。
手術直後の注意事項
手術を行った後は2ヶ月程度、尿道括約筋をゆるめたまま動かさないで尿道になじませる必要があります。
この期間を省略してしまうと、尿道の萎縮・炎症によって尿道括約筋が尿道内へ脱出してしまうリスクがあり、最悪の場合には人工尿道括約筋の摘出や再手術が行われる場合もあるので、2ヵ月程度は尿道括約筋をゆるめたまま。
絶対に動かさないで尿道になじませることが必要です。
手術後の尿道カテーテルは通常手術翌日に抜去されます。抜去して2ヵ月間は尿失禁がこれまで通りに起きるので、尿取りパッドやおむつ・集尿器等での対応が必要です。
手術の効果
これまで人工括約筋の手術成績の報告は泌尿器学会等で多く発表されています。
驚きなのは、「術後3年でパッド使用が1日1枚以内となる割合が96%」という実績報告もあるくらい、効果が良好な手術であると思います。
その他の報告では「6.5年の経過観察で88%の成功率」との報告も発表されております。
いずれにしても人工尿道括約筋の手術は非常に高い有効率ではありますが、必ずしも100%の有効率ではなく、一部には効果が全く見られない方もいるのでご注意を。その点は十分に理解すべきかな・・・。
合併症と対処方法
人工尿道括約筋の植え込みに当たっては合併症の可能性も把握しておきましょう。
他の外科手術と同様に一定の確率で深部静脈血栓症などの致死的な合併症が発生すること、予想できない合併症が発生することは否定できません。他の外科手術と同様またはそれ以下の確率なのでご心配なく。
以下のような合併症が人工括約筋の手術により報告されています。
機械(AMS=800)の初期不良
人工尿道括約筋は発売当時から改良が行われており、初期不良がかなり少なくなっています。しかし、報告では3%以下ですが初期不良があると告知されています。
機械の初期不良の場合は、再手術が必要となる可能性があります。再手術だけで改善すると思えば仕方ないかと割り切ることも大切でしょう・・・。
創部の感染
尿道に異物である人工括約筋を埋め込むため創部の感染には万全の注意を払って手術されますが、他の手術と同じように完全に創部感染を予防することはできません。
人工尿道括約筋の埋込術では創部感染の起こる割合は4.5%~15%というデータがあり、創部感染が起こる確率に幅がありますが、症状がひどいと場合によっては人工括約筋を摘出せざるを得ないこともあることを覚えておきましょう。
※創部:皮膚などが物理的に損傷し、創傷ができた部分のことです
尿道のびらん(皮膚のただれ)
尿道に炎症が起こり、それが原因で「びらん(ただれ)」が発生することがあります。
一時的に人工尿道括約筋の使用が制限される事もありますが、改善しない場合には人工尿道括約筋を摘出する必要になる可能性もあります。
※びらん:皮膚や粘膜の表皮が欠損し、下部組織が露出した状態
尿失禁の再発
長期間、人工尿道括約筋を使用していると、尿道自体に萎縮が起きて十分に尿道を圧迫することができなくなり、尿失禁が再発する可能性があります。
尿道の萎縮を予防するために、尿道を圧迫する圧は低く保たれていますが、動脈硬化などによって血流が不十分となり尿道が萎縮することも報告されています。
十分に尿道を圧迫することができなくなると、尿失禁が再発します。ただし再手術は可能なの安心無用。再手術を行うことで尿失禁の再発は防ぐことができます。
人工尿道括約筋以外の尿もれ治療法
尿失禁とは字の通り尿が漏れることをいいます。人工尿道括約筋の手術の適応となる人は尿道括約筋に原因があり、尿道括約筋の機能が十分果たせないために尿失禁となっている人です。
尿道括約筋の機能が低下する原因として前立腺がん・膀胱癌・前立腺肥大症などの手術が真っ先にあげられますが、先天性の疾患・(骨盤骨折など)外傷などもあげられます。
尿取りパッドや紙おむつ・集尿器などを使用して尿失禁の対策をするだけでなく、尿道括約筋の機能の低下による尿失禁に対して、他には以下のような治療法・対策があるので覚えておいてください。
骨盤底筋体操
骨盤底筋体操は骨盤の筋肉を鍛えることにより尿失禁を減少させる方法
尿道コラーゲン注入
尿道へのコラーゲン注入は尿道内にコラーゲンを注入することにより尿失禁を減少させる方法ですが有効率は30%程度といわれ、有効期間も必ずしも長くはないといわれています。
抗コリン剤やβ刺激剤などの薬物療法
薬物療法は尿道括約筋機能低下による尿失禁に対しては根本的な治療法とはなり得ません。
収尿器(集尿器)
弊社のMr.ユリナーを装着し、物理的に漏れてくる尿を受け止める対応もあります。もちろん、紙おむつも有効的です。
人工尿道括約筋埋込み手術以外の手術法
a) スリング手術
b) ProACT手術
などの手術法も海外(欧米)で行われています。
これらの手術法は残念ながら日本においては認可されていなくて、一部の施設で研究段階としてスリング手術が行われている状態です。
欧米の研究ではこれらの手術は人工括約筋手術よりも軽症の方に行われることが多いと報告されています。
もちろんそれらの手術に興味がある人は、国内でも手術をされていると聞いたことがありますので、担当主治医にご相談してください。